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書評「変身ものがたり」


 

 ちくま文学の森シリーズを手に取ったことはあるだろうか。国や時代、作者を問わない多くの物語からなるアンソロジーで、1988年から全16巻が刊行された。それぞれの巻にテーマがあり、例えば1巻は「美しい恋の物語」と題がついている。どの巻にも20前後の作品が収録されており、同じテーマで集められていても、各作品の毛色は様々だ。きっと1つはお気に入りの作品が見つかるだろう。本シリーズは「何か名作を読んでみたいけれど、どんな本を選べばよいか分からない」と考えている人におすすめできる。

 

 今回は16巻ある中から4巻の「変身ものがたり」を取り上げたい。「変身ものがたり」では中島敦の「山月記」や泉鏡花の「高野聖」など21作品が収められている。「山月記」は国語の教科書で読んだ方も多いと思う。一口に「変身」と言っても、山月記のように人がトラに変身する作品もあれば、のっぺら坊が登場する作品や、街の様子が変わったりする作品もある。

 

 このように様々な変身が現れる作品の中で、特にエーメの「壁抜け男」を紹介したい。題の通り、主人公・デュチユールは壁を通り抜けることができる。デュチユールははじめ、この能力を使おうとしなかったが、気に食わない上司への嫌がらせとして壁抜けを使い始める。上司に向かった壁から頭だけを出し、暴言を吐くのだ。やがて上司は精神病院に連れ去られる。ここから、壁を通り抜けたいという欲求を押さえられなくなってきたデュチユールは、壁抜けを利用して窃盗を行ったり、刑務所から脱獄したりする。

 

 どんな壁でもすり抜けて、やりたい放題する主人公の傍若無人なさまは、いっそ清々しい。しかし、デュチユールの壁抜けはずっと成功し続けるわけではない。間抜けでどこか哀愁漂う結末はぜひ読んで確かめてみてほしい。

 

 「変身ものがたり」には他にも魅力的な作品が多く収録されている。萩原朔太郎の「猫町」、江戸川乱歩の「人間椅子」もおすすめだ。ちくま文学の森シリーズとして1988年に刊行されたものはハードカバーの分厚い本だが、2010年に【文庫版】ちくま文学の森 として文庫版で刊行されている。ページ数にひるまず手に取ってみてほしい。