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書評:逢坂冬馬「同志少女よ、敵を撃て」


 

 2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻を開始し、ヨーロッパにおいては第二次世界大戦以来となる国家間の戦争が起きた。(以下、同侵攻)

 

 

 遡れば2014年のクリミア半島併合、チェルノブイリ原発事故、飢餓輸出など前世紀より同地域に衝突の禍根があったわけだが、一部の歴史人にとって東スラブ民族国家群に抱くイメージは、根深い対立以上に強烈で鮮明なビジョンを伴って回想されることが多い。独ソ戦である。

 

 

 独ソ戦は、両陣営の軍民併せて最大約4000万人が死亡し、その被害や動員数から史上最大の地上戦とされる。

 

 

 22年6月現在続く同侵攻で度々言及されるウクライナのキーウ、ハルキウといった都市や地域は、奇しくも先の大戦でロシアとウクライナがソ連邦の共同体の下、枢軸国に相対して共闘した数ある激戦地のひとつである。

 

 

 

本作の舞台の1つであるスターリングラードの戦いこの戦いで、両軍併せて約200万人が死傷した。

本作は独ソ戦を舞台に、戦後今なお正史として語られることの少ない女性狙撃兵が活躍する冒険小説である。

 

 

独ソ戦に挑んだ女性兵士を扱う本作に関連して、ノーベル文学賞を受賞したS・アレクシエーヴィッチが従軍女性ら数百名への聞き取りをまとめた証言集「戦争は女の顔をしていない」が近年日本で漫画化された事は記憶に新しい。

 

 

一方で本作は架空の人物の冒険譚でありながらもノンフィクションの口伝記に負けず劣らずリアリティをもって戦争の暗部を我々に伝えてくれる。

 

 

牧歌的ロシアの村落や繁華な市街が破壊されてゆく情景や、戦禍に包まれる市井や兵士の愛憎入り乱れる日常の営み、主人公が狂気に飲まれる中でもがき苦しむ心理描写などの一節一節は迫真である。女性兵士らが戦争の狂気の中で友情を育んでいく様も見どころの一つである。

 

 

二度の大戦を経て銃後と前線の境目は曖昧になり、参戦国によっては大戦を契機に女性の社会進出が勢いを増した。その影響の大なり小なり、戦争は勝敗や老若男女の見境なく破滅をもたらすと聡明な主人公らは体現してくれる。

 

 

ソ連邦が解体されて30年、ロシアとウクライナが協力して戦った先の大戦を手放しに賛美するべきではないが、かつて僅かにでも存在した協調や平和が東欧に再訪することを願う。

 

 

[著者]逢坂冬馬 あいさか・とうま

1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。本書で第11回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビュー。埼玉県在住。(プロフィールは本作より)