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書評 『満願』米澤穂信著

 

「満願」は第27回山本周五郎賞を受賞したミステリー短編集だ。表題作の「満願」を含む6つの短編が収められている。

この6つの中でも「死人宿」を取り上げたい。主人公〈私〉は失踪した恋人、佐和子を連れ戻そうと温泉宿を訪ねる。そこで、宿の中居になっていた佐和子は、掃除中に見つかった何者かの遺書を〈私〉に差し出す。遺書の持ち主を探しだし、持ち主の自殺を止めた〈私〉は晴れやかな気持ちで翌朝を迎えるが……

という物語だ。

 

どこかで起こった話なんじゃないか、という不安を感じさせるリアルな登場人物の心理描写、最後まで読者を飽きさせないスリルがあるストーリーで一気に読めてしまう。特に結末がとても印象的だ。どう話が転んでもこの結末になった、というようなやるせない気持ちになるラストだが、その鮮やかな幕引きにどこか爽やかさも感じる。また、

 

 

「死人宿」という強烈なタイトル。この「死人宿」を最後の一文が読者により鮮明に印象付ける。収録されているどの短編も美しい幕切れだが、「死人宿」、「万灯」の最後の一文はタイトルを胸に深く刻む力がある。

 

 6つの短編は全て独立しており、1つ1つの内容は多彩かつ安定した完成度がある。ミステリーは謎解きが主で、あまり人間の心理が描かれないこともあるが、「満願」は違う。普段ミステリーを読まない人にもお勧めしたい。人間の複雑で不可解な心理に迫る一冊だ。ぜひ手に取ってみてほしい。